東京地方裁判所 昭和23年(ワ)313号 判決
原告 志村有樂雄
被告 池田俊之 外一名
一、主 文
原告の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告は、被告池田俊之は東京都台東区浅草向柳原町二丁目一番地所在木造スレート葺三階建一棟、建坪二十六坪二合五勺を、被告池田淳は同三階(八坪二合五勺)を原告に対し各明渡し、且つ被告池田俊之は原告に対し、昭和二十三年二月二十五日より本件明渡済に至るまで、一ケ月金百十円の割合による損害金を支拂うことを要する。訴訟費用は被告両名の負担とする、との判決、並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、(一)、原告は請求趣旨記載の建物の所有者なるところ、昭和二十年三月十一日被告俊之に対して右建物を一ケ月金六十円(昭和二十二年より金百十円に増額)、の定にて賃貸した。然るところ、被告俊之は本件建物の内三階を被告淳に轉貸し、原告は昭和二十二年七月中右轉貸の事実を知つたので、昭和二十三年一月十六日附書面を以て、被告俊之に対し無断轉貸を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、右書面は翌十七日被告俊之に到達したから、同日原被告間の右賃貸借契約は解除されたものであると述べ、尚予備的に、原告は疎開先より明渡を要求せられ、他に居住する所がないので、本件建物を自己の居住並びに從來の生業たる裁縫店として自ら使用する必要があり、所謂「正当の事由」がある場合に該当するから、昭和二十二年八月六日附書面で被告に対し、本件建物の賃貸借解約の申入れをなし、この書面は翌七日、被告に到達したから同日から六ケ月を経過した昭和二十三年二月六日限り右賃貸借は終了したものである。依つて、原告は所有権にもとづき、被告俊之に対しては本件建物の明渡を、被告淳に対しては右建物中三階の明渡を求め、(二)被告俊之に対し本件訴状が送達された日の翌日である昭和二十三年二月二十五日より本件建物明渡済に至るまで家賃相当額たる一ケ月金百十円の割合による損害金の支拂を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告等の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告等は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告が本件建物の所有者であること、被告俊之が原告から右建物をその主張の日、主張の賃料の定で賃借したこと、及び賃料増額の点はいづれもこれを認めるが、被告淳は戰災のため昭和二十年五月以降弟の被告俊之方に同居したもので、轉貸借ではない。仮に轉貸借であるとしても原告はこれを黙認していたのであるから、原告の請求は正当ではない仮に黙認したことがないとしても、被告等は兄弟であるから、原告に於てその承諾を拒むことは、権利の濫用であるか、若くは信義誠実の原則に反するものである。仮に、右解除を有効としても、被告は原告に対し、本件家屋に対する商品陳列場、疊、建具、硝子等價格計金三十万円の造作買取請求権を有するから、本訴に於て、右権利を行使すると述べ、原告の予備的原因の主張に対し、時機に遅れたものであるから却下を求めると陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が本件建物の所有者であること、原告が昭和二十年三月十一日被告俊之に対し、右建物を一ケ月金六十円の賃料の定で賃貸したこと、及び被告淳が本件家屋に居住していることは、いづれも当事者間に爭がない。
被告等は、被告淳の居住を以て單なる同居であつて轉貸借ではないと抗爭するけれども、被告淳が本件家屋の三階の二部屋を専属的に使用して弁護士の業務に從事していることは被告本人俊之の供述によつて明かであるから、右被告淳の居住は一時的のものではなく、寧ろ恒久的なものと解すべく、且つ仮令被告等が兄弟であつても被告淳が被告俊之の扶養を受けてをるものとは認め難い。從つて、被告淳の右三階の部屋の使用は一の権利として、これをなすもの(その権原は使用貸借と推定すべきである。)と解するを相当とする。故に、この点に関する前記被告等の抗弁は失当である。
被告等は、右轉貸借につき、原告の黙認を得ている旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
併し乍ら、被告淳が本件家屋に居住するに至つたのは、同被告が昭和二十年五月戰災にあい、他に適当な居住の場所がなかつた爲であつたことは、証人池田美江及び被告本人池田俊之の各供述によつて、これを認めることが出來る。從つて此の如き場合に於ては、被告等が兄弟である以上、その住居を分ち合うことは、当然であつて、原告が貸主として、その轉貸借を拒むことは、信義則に反するものと謂わなければならぬ。故に、原告は、その承諾なかりしことを理由として本件賃貸借を解除することが出來ない。依つて原告の右解除を原因とする本件の主たる請求原因は失当たることを免れない。
原告は予備的請求原因として、解約による本件賃貸借の終了を主張し、被告等はこれに対し時機に遅れたものとして却下を求めるのであるが、元來或る攻撃又は防禦の方法に対する其の重要性の誤認は、一般的に言えば、決して重大な過失とはならないのであつて、特にそれが裁判長の釈明にもとづいて提出された場合に於て然りである。併し乍ら本件に於て原告の主張する解約は訴訟進行の結果新に解約権の行使の必要を見出した爲になされたものではなくして、已に早く前記轉貸借による解除の通知をなす以前たる昭和二十二年八月六日附書面を以てなされたものであること、原告の主張自体に徴し明かであるから、右解約による賃貸借終了の事実を本件口頭弁論の終結眞際に主張することは、重大な過失にもとづもくのと解しなければならない。なんとなれば、賃貸借関係の爭に於て、解約を主張するか否かは何人も容易に判断し得る所であるから、原告が右事実を主張しなかつたのは、右の判断を誤つたか、若くはこれを主張しないことに決意した爲であるかの何れかでなくてはならないからである。(後の場合に於ては決意を最後迄持続した点に故意に近い重過失がある。)右主張の結果、本件訴訟の完結が遅延するに至ることは明である。蓋し、原告は解約に対する正当事由の立証を未だ十分に盡してはいないからである。從つて、原告の前示解約による本件賃貸借終了の主張は、民事訴訟法第百三十九條第一項による攻撃方法却下の要件を具備する。依つて当裁判所は原告の右主張を却下すべきものと認め、其の内容の点の判断をしない。
仍つて、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 安武東一郎)